今回ご紹介する映画は『あん』です。
2015年に公開された、樹木希林さん最後の主演映画です。
映画『あん』の制作ウラ話も集めてみました!
樹木希林さんの女優魂が垣間見えるエピソードは必見です!
評価
ジャンル
邦画ドラマ ,感動映画 ,ヒューマンドラマ ,泣ける映画
公開日/時間/配給/受賞
2015年5月30日(土)公開 / 上映時間:113分 / エレファントハウス
第68回カンヌ国際映画祭に出品。オープニング上映されました。
第39回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞を樹木希林さんが受賞。
その他の受賞についてはこちら。
監督/キャスト/主題歌
公式サイト
◆ 映画『あん』オフィシャルサイト
予告編
◆ 映画『あん』オフィシャルサイト 予告編
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ご確認ください。
あらすじ
「私達はこの世を見るために、聞くために、生まれてきた。
この世は、ただそれだけを望んでいた。
…だとすれば、何かになれなくても、私達には生きる意味があるのよ。」縁あってどら焼き屋「どら春」の雇われ店長として単調な日々をこなしていた千太郎(永瀬正敏)。そのお店の常連である中学生のワカナ(内田伽羅)。ある日、その店の求人募集の貼り紙をみて、そこで働くことを懇願する一人の老女、徳江(樹木希林)が現れ、どらやきの粒あん作りを任せることに。徳江の作った粒あんはあまりに美味しく、みるみるうちに店は繁盛。しかし心ない噂が、彼らの運命を大きく変えていく…
引用元: 映画『あん』オフィシャルサイト
制作ウラ話
ロケ地は、実際にハンセン病患者が収容されている東京都東村山の『国立療養所多磨全生園』で行われています。
樹木希林さんの最後の主演作としても、また、どら焼き店に通う女子中学生・ワカナ役を希林さんの実の孫である内田伽羅さんが演じていることでも話題になったのでご存じの方も多いかと思います。
台本上では徳江さんの14歳時も演じる予定だったため、オーディションを受けるように希林さんが薦めて見事に合格。(そのシーンはカットされています。)
当時留学中であったため、留学先のイギリスから一時帰国して撮影に臨んだそうです。
しかし、監督の指示で、東京の自宅には帰らず、アパートに寝泊まりしたというエピソードがありました。
さらに、役の上では“他人”の希林さんとは昼も一緒に食べないように言われていたため、希林さんも伽羅さんに女優としてのアドバイスをすることは一切なかったそうです。
そもそも「会話する暇さえなかった」とインタビューに答えていました。
また、永瀬さんも監督に「男やもめの千太郎は、安アパートで何を食べるのかしら?」と問われ、ロケセットの部屋に泊まってコンビニ弁当を食べ、銭湯やコインランドリーに通ったとのこと。
それから原作にはない、徳江さんが「木から湯気が出ている」と言うシーンについて。
これは監督が別のシーンを撮っている時に、永瀬さんが希林さんの座っている後ろの木から湯気が出ているのを見つけ、「まるで木が息をしているようだ。」と言ったそうです。
それを聞いた希林さんは「これは撮らなきゃいけない」と思い、「じゃあ、あたしそこにもたれるから、カメラマンさんちょっとこっちに来て、あたしを撮って。」と言って出来上がったシーンでした。
また希林さんは撮影中、患っていた病気の影響で、カメラが回っていない時は立っていられない状態の時もあったそうです。
それでも顔には出さず、「大丈夫大丈夫」と気丈にされていたんだとか。
そして夏に風邪を引いたこともあり、喘息が出てしまい、出演じゃない時も裏でずっと休まれている状態だったと。
出演の時にも咳が出てしまうと言うことで、それをそのまま演技に取り込まれ、「夏かぜ引いちゃってね〜」とサ〜っとそれを流しています。
咳き込んだり、鼻をティッシュで拭ったり。
それすらも役に落とし込む姿は、希林さんの女優としての器の大きさが見せる技ではないでしょうか?
アドリブと簡単に言ってしまっていいものか躊躇してしまいますが、自分の体調の不具合すらも受け入れて、役の徳江さんが風邪を引いていることにしてしまう、自然な演技力はさすがです。
そのシーンをぜひ見つけてみてください。
そして、秦基博さんが歌う主題歌「水彩の月」のミュージックビデオも河瀬監督が16ミリのフィルムで撮影しています。
映画の雰囲気を纏った、素敵なミュージックビデオも注目です!
◆ 秦基博 「水彩の月」のミュージックビデオ
秦基博の「水彩の月」が収録されているCDをお得にレンタルするならDMM↓感想(ネタバレなし)
この映画は、一見、ハンセン病を患った人たちへの偏見や差別の現実を目の当たりにして、それに対して怒りや悲しみなどを抱かせる映画のように取れますが、それだけではありません。
そのさらに奥には、人として「生きる」ということへの問いかけや素晴らしさ、身近に溢れる優しさにいかに気づけるか?ということを伝えようとしている映画だと感じました。
「私たちはこの世を見るために、聞くために生まれてきた。だとすれば、何かになれなくても私たちには生きる意味があるのよ」
引用元: 映画『あん』オフィシャルサイト
人は、つい「何かにならなくちゃいけない」と思ってしまいますが、「そんなことはない」と徳江さんは教えてくれます。
徳江さんは、何かになりたくてもそれを許されなかった人。
そんな彼女が伝える言葉には、一体どれほどの苦しみや悲しみがあったんでしょうか?
何かにならないと生きる意味がないと思ってしまったら、彼女のようにハンセン病で世間から差別をされてきた人たちはどうすれば良いのでしょうか?
罪を犯したわけでもないのに、世間から隔離され、いろんな経験を制限され、生きる意味さえも奪われてしまったら、“生きている“という事実さえも暗く絶望に変わってしまう。
そんな計り知れない悲しみの中で、徳江さんは生きる意味を見つけたんだと思います。
どら焼き屋の店主である千太郎と、そこに通う女子中学生のワカナ。
何かにならなくちゃともがく二人に、徳江さんは生きる意味を教えてくれます。
それは、この映画を観る私たちにも当てはまります。
淡く、優しい色味の映像と、光あふれる穏やかな風景。
物悲しくも、最後には心に温かな光を灯してくれる映画です。
エンドロールまで見終えると、ほんの少し目線を上げ、また明日を力一杯生きてみようと思わせてくれました。
『「見えないものを見る。聞こえないものを聞く」それをこの映画では表現している。』
と監督は語っています。
それは、徳江さんや千太郎を通して感じることができました。
そんな風に思わせる、樹木希林さんや永瀬正敏さんの演技は本当に素晴らしかったです。
『監督の厳しさは「その役を生きてくれ」と言われる厳しさだ』と希林さんはインタビューに答えていましたが、映画を観ると、徳江さんは本当に生きていて、それは希林さんなんじゃないか?と思わされるほど、希林さん=徳江さんになっていました。
あまりにも自然な演技で、そう錯覚させられる程、希林さんは徳江さんを生きたんだと思います。
そして、最後にエンドロールで流れる主題歌。
秦基博さん書き下ろしの「水彩の月」ですが、この曲を聴くとさらに涙が溢れてきます。
まるで、千太郎の気持ちを代弁しているようでした。
とても優しい、でも悲しい、そんな曲で締めくくられるこの映画から、また明日を丁寧に生きてみようと思わせてもらえました。
ぜひ、エンドロールの最後まで観てみてください!
感想(ネタバレあり)
あずきや小鳥、月や桜、女子中学生の話を愛おしそうに聴く徳江さん。
どんな物にも、慈しみと愛を持って接している姿に、私はすごく惹かれました。
どんなに辛く悲しい状況でも、丁寧に日々を生きる徳江さんに千太郎だけではなく、見ている私たちも次第に影響されていく映画だと思いました。
過去の過ちのせいで、やりたい仕事でもないどら焼き屋を続ける千太郎。
愛情が薄い母親との関係から、高校に行くことを悩むワカナ。
この二人が、徳江さんと出会うことで「何かになれなくても生きる意味がある」と徐々に感じられるようになっていく様が描かれています。
人は、成人して働きだすと、肩書きが仕事名に変わります。
高校生、大学生、専門学生、そんな肩書きで自己紹介をしていたのが、社会に出ると「○○会社で営業をしています。」や「〇〇店で店員として働いています。」や「主婦でパートをしています」などと言ったようにバラバラに変わってしまうのです。
そのせいか、人は肩書きに無意識のうちに縛られているような気がします。
「何かにならなくちゃいけない」「何かにならないと生きる意味がない」
そんな思いが過去の私にもありました。
でも、徳江さんは教えてくれます。
「何かになれなくても、身近なことや物に目を向けて、耳を傾けて素直に感じればいい。想像すればいい。それだけで生きる意味はあるのだから。」と。
現代の日本は、世の中に胸を張って言える仕事をしていなければダメだ!
人よりたくさんお金を稼いで、周りに迷惑をかけないように生きていないとダメだ!
と言われているように感じることが多いですが、果たしてそうなのでしょうか?
かつては国語の教師になりたいと願ったけれど、世間がそれを許さなかったハンセン病患者の徳江さん。
それでは、彼女には生きる意味がなかったのでしょうか?
肩書きさえ持たせてもらえなかった徳江さんは、きっと生きる意味を失い、絶望したことでしょう。
しかし、何かになれなくても、この世にあるもの全てが声を持っていると信じることで、生きる意味を見つけたんじゃないでしょうか?
声を持たないものの声を想像し、見えないものを心の目で見て、優しく話しかけ、慈しむ。
そうすることで、自分が生きている意味、存在価値を見出していたんだと思います。
肩書きも大切ですが、本来の人間の生きる意味とは、もっと単純ですぐそばにあるものだと教えてくれている気がしました。
それから、現在の私たちは“今“を生きていない人が多いように感じます。
過去や未来に囚われて、“今“この瞬間をちゃんと噛み締めて生きるという事が疎かになっているんじゃないでしょうか?
それは私も同じです。
電車に乗っていても、窓の外の景色を見ずに、スマホの中の過去の動画や投稿に目を向ける。
食事中も、目の前にある料理の見た目や味を楽しむことをせず、テレビやネット動画に気を取られながらご飯を食べている。
そんな“今“を生きている様で生きていない状態の人が多い中、徳江さんはしっかり目の前にある“今“を感じて生きているのです。
過去にどんなに暗く辛い事があったとしても、生きている“今“に喜びを見つける。
不安定な未来に目を背けたくなったとしても、未来の始まりである“今“を懸命に生きる。
そんな当たり前の、“今“を生きるということを徳江さんは周りの人や見ている私達に教えてくれようとしています。
『どんなものにも敬意と愛を持って接する』
これはこの世の中の真理なんじゃないか?と私は思いました。
相手が人であれ、動物であれ、物であれ、風景であれ、その真理を全うすることがどれだけ大切か?
徳江さんは私に教えてくれたのです。
また、店を辞めざるを得なかった後の徳江さんは、すごく老け込んで、体調が悪くなっています。
きっと、千太郎の店で働くということが、自分の人生の大きな生きがいや張り合い、喜びだったんでしょう。
それを奪われて、生きる気力を欠いてしまったんだと思います。
この姿を見て私は、本来、仕事をするということは“生きがい“や“やりがい“を抱かせてくれるものであるべきなんじゃないか?と強く感じました。
振り返ってみると、今までの私は、お金や時間などにしか目を向けておらず、仕事を楽しんだり、夢中になったりすることがあまりありませんでした。
「なんのために働くのか?」と問われれば「生きていくお金を稼ぐため。」としか答えられなかったと思います。
それは千太郎も同じだったんじゃないでしょうか?
確かに生きるにはお金が絶対的に必要です。
しかし、そればかりに気を取られると、人間としての大事なものを失くしてしまうんじゃないかと思います。
人が健やかに生きて行くためには“生きがい“や“情熱“そう言ったものが必要だと気づかせてもらいました。
そして後半に、千太郎とワカナが店を辞めた徳江さんを尋ねるシーンがあります。
千太郎は、世間の無知から徳江さんを守れなかった自分の弱さや無力さに怒り、苦しんでいました。
そんな苦しむ千太郎を、徳江さんは優しさで包みます。
「店長さん、あたしは大丈夫よ。」
「美味しい時は笑うのよ。」
「楽しかった。」
その言葉から、どれだけの優しさが込められているのかがわかります。
「あなたが悪いんじゃない。だから気にしないで。こんなことには慣れているから。」
そう読み取れました。
本当は徳江さんが一番悔しかっただろうし、悲しかっただろうし、傷ついていたんだろうと思います。
何度差別をされても、慣れることなんて決してないと思います。
でも徳江さんは、自分より千太郎を気遣うのです。
その優しさの大きさが、徳江さんが経験してきた悲しさからくるものなんだと私は思いました。
たくさんの悲しみを背負ってきたから、大きな優しさを相手に与えることができるんだと。
その優しさに触れた千太郎は涙を流します。
そして徳江さんの信じる“生きる意味“もこの時受け取ったんじゃないかと思います。
施設から帰ると、ワカナと一緒に塩どら焼きの試作を作り始めていました。
それは、徳江さんから教えてもらった塩とあんこの組み合わせです。
「やりがいを自ら見つけて、今を丁寧に生きれば、それで何かになれなくても生きる意味はある。」
そんなことを千太郎はしっかり受け取ったんじゃないかと思うんです。
話は前後しますが、お日様が登る前から開店直前まであんこを作り、千太郎が「時間がかかりますねぇ。」と、驚きとなかば呆れた様子を浮かべるシーンがあります。
それを見た時に、ある言葉を思い出しました。
それは、ジブリの監督の一人である宮崎駿さんが、テレビの密着取材で口にしていた言葉です。
『大事なものは、大抵めんどくさい。』
この言葉に尽きると思いました。
いい作品を作る。美味しいものを作る。いい人間関係を築く。
そういった大事な事は全て時間がかかり、めんどくさいものです。
徳江さんの作る美味しい粒あんもまた、時間がかかりめんどくさい工程だらけでした。
でも徳江さんはそれを、めんどくさいからと言って投げやりにしたり、端折ったりはしていません。
そのめんどくささの先に、美味しいあんこが出来上がるのだと、大切なことをちゃんと分かっているのです。
それを千太郎に、押し付けがましくでも、説教くさくでもなく、愛らしい表現で見せているところが彼女の人間としての大きさなんじゃないでしょうか?
そんな魅力的な人間である徳江さんを、樹木希林さんが見事に演じ切っています。
希林さんの演技力の凄さをあえてここでいう必要はないと思いますが、本当に素晴らしかった。。。
ただ、もうそれに尽きる映画です。
もちろん、永瀬正敏さんも、市原悦子さんも素晴らしい演技でしたが、主役の樹木希林さんは別格だと改めて思わされました。
言葉の発し方・間の取り方・仕草・表情・目の動き。
その全てが、見ている人を引き込む力を持っています。
そもそも女優って、綺麗でいつまでも美しい、どこか浮世離れした人間がなるものとどこかで思っていました。
きっとそれは日本中、いや世界中の人たちの共通認識であるんじゃないでしょうか?
でも希林さんはその真逆で、老いるとはどういうことか?という、目を逸らしていたい現実を、身をもってありのまま表現されています。
映画「万引き家族」でも、入れ歯を外した顔をあえてカメラに見せていますが、この映画でも入れ歯を外しているシーンがあります。
きっと普通の女優さんなら嫌がってNGを出すことでしょう。
しかし、希林さんは老いるということはそういうことだと、繕わずに表現者として私たちにありのままを見せてくれているのです。
その役者魂を目の当たりにできる、希林さん最後の主演作品ですので、まだ見たことのない方はもちろん、前に見た方にもぜひもう一度見てもらいたい、そんな素晴らしい作品です。
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原作紹介
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